(第13・最終話)『これからは・・・』‐美濃焼について思うこと‐

『美濃焼について思うこと』*第12話「美濃のものづくりの根っ子の課題」から続く


―(第13・最終話)これからは・・・―(語り手:カネコ小兵 伊藤社長、作山窯 高井社長、深山 松崎社長)

司会:「美濃焼について思うこと」をテーマに行った第四回座談会では、美濃焼やこの美濃の地域について本当にたくさんの気づきがありましたが、そろそろまとめさせて頂ければと思いますが、座談会のはじめには「今の美濃焼について」をお伺いしたので、最後は「こうあってほしい。」や「こういうことをやりたい。」「これが大切!」など未来について一言ずつ頂いてもよろしいでしょうか。では深山の松崎社長から。

●ものづくりを「学び、身に付ける」と話す深山の松崎社長

深山 松崎社長:うちは1977年の創業なので、それまでに先輩企業が苦心され構築した美濃焼の技術や分業の仕組みがあってこそ今があるという点は間違いなく、そして感謝しています。なので、これから言う事は、その事を否定する事では無いという事だけ先にお伝えしたうえで、【これからはものづくりの全てを深山で行えるような事も挑戦してみたい】と思ってます。それが原料や型まで行く事なのかまだ分かりませんし、かなり大変なことになるとは思いますが、何より、私たちが作る器の背景に安心感を生み出す為にも自分たちでやってみたいと考えています。

司会:ありがとうございます。続いて作山窯の高井社長お願い致します。

●「覚悟をして選択する」必要性を説く作山窯の高井社長

作山窯 高井社長:これからの生き方のために「自分たちで売っていく」とか「問屋に売る」とか選択肢を増やさないといけないと思う。その選択の上で覚悟を持って動くかどうか。未来があるかないかは自分で作れる。原料が無くなるとか人材とか生産性とかは、その後についてくると思うから、まずは【自分たちの想いがどこにあるかをしっかり決める】ですよね。だから今の美濃焼の状態をそんなに危機的とは思ってないです。

 但し、その事を窯元が真剣に考えないとだめだね。頼まれたままに作ってたり、作業をこなして、その日が良ければいい、とりあえず飯が食えればいい。という事ではだめだと思う。

 今、自分たちがやっている仕事の意味をちゃんと考えて働くのであれば、きっと結果がついてくる。これは陶磁器産業だけじゃないよね。全ての職業で一緒のことだから。

司会:最後に一言と言いつつ質問しちゃいますが、それは窯元に限らず原型師さんとか…。

作山窯 高井社長:全てだね。真剣に考えて行動すればどんな仕事でもきっかけが生まれると思う。

司会:ありがとうございます。ではカネコ小兵の伊藤社長お願いします。

●やきものを「信じて続ける」と伝えるカネコ小兵の伊藤社長

カネコ小兵 伊藤社長:今年、NHKの「イッピン」で紹介してもらった時、取材を受ける条件として釉薬屋さんや型屋さんや成形外注さんも映してもらったんです。美濃焼って総合力だから、そこにも脚光を当てて欲しいという事で。これからの美濃焼としては、【窯元だけじゃなく、そういった関連産業の方たちにも光を当て、露出が増えると良いな】と思うんです。

 そして「焼き物に未来はあるか?」という問いかけに対して、僕はあると答えます。例えば窯元出荷額においても、現在でも美濃焼の陶磁器生産量は140億円もあるじゃないかと考える。“これだけ”じゃなくて、“こんなに”あると思うんです。過去からすると減ったかもしれないけど、まだこんなにあるじゃないかと考えれば、これからの人には、色んなやり方が思いつく。

 そうはいってもこれだけ減少してきたわけには「焼き物離れ」もあると思う。もう一度「焼き物ファン」を増やすための仕掛けを考えることが必要と思う。これまで窯元はや美濃焼は“製品だけ”で、どうですか?という伝え方をしてきた。でも、これからはもっと深く、その素材や歴史や技術、人となりと言った深みも伝え「焼き物が好き」というファンを増やすことが出来れば十分にこれからも続いていくんじゃないかな。

 だって焼き物って面白いんだものとの僕は思うよ。人口も減っていくけど世界に響き合えるものが作れればもっと楽しくなる。苦しいところはあるけど楽しくしたいよね。努力をすれば報われる余地はまだあるような気がするね。2021年12月24日掲載)*2021年の掲載は今回が最後となります。次回は1月14日掲載予定です。


(編集後記)全14回に渡った第四回座残会「美濃焼について思うこと」では、それまでの三度の座談会で話していた參窯自身の話しではなく、その外側となる。美濃焼についての考えやお話を伺いました。現時点では美濃焼の産地にありながらも、美濃焼をセールスポイントとすることなく活動されている三社がその存在をどう捉えているか?もしかしたら批判的な話ばかりになるのではないか?記事にする事ができるのだろうか?と不安を抱えながらのスタートでした。始まってみれば想像の通り批判も多くありましたが根底には地域や歴史、先人への敬意を感じる事もあり、だからこそ今の美濃焼の状態に、もっと言えば窯元の状態に一家言がありました。參窯のプロジェクトをはじめる際に、【名前に「美濃」を入れるのは止めよう。美濃は僕たちがぶら下がるものでは無く、使い手の側から見た時に面白い窯元がある、それらは不思議と岐阜県の東南部に集まっていて、この地区で作られているやきものは美濃焼って呼ばれるらしいよ。と言われるようになろう】という言葉を聞いた時、この三つの窯でスタートできて良かったなと思ったのを再確認できた全14回。そして、一年を通してお三方の話を聞き続け感じたのは、その言葉の根底に共通するのは「陶磁器産業を仕事とする事への熱意」でした。しかし、この最終話でお話頂いた各社長からの“これからについて”お話もまさに三者三様。熱意は同じなのに何故これほど違うのか?今までのお話の中でも時折感じたこの疑問に私なりに一つの答えを考えると。松崎社長、高井社長、伊藤社長は実は10才くらいずつ年齢が離れています。その年齢というか段階でのお三方の違いがお話から表出しているのではないかと思います。最終話の松崎社長からは「学び、身に付ける」という想いを、高井社長からは「覚悟をして選択する」という想いを、伊藤社長からは「信じて続ける」という想いを。それらは正に陶磁器産業を仕事とする中で歩まなければならない里程標ではないでしょうか?今回が2021年最後の掲載となります。コロナ禍で満足な活動ができなかった一年でしたが、その分、座談会は充実した内容となりました。こうしてまとまった想いをもって2022年は使い手の皆さんとお会いできる機会も作っていきたいと考えます。来年もどうぞよろしくお願い致します。(司会担当:深山 柴田)


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