(問二)松崎社長の記憶に残る出来事は何ですか?-ミノウエバナシ特別編「三つの窯元に”七つの質問”」-

-三つの窯元に”七つの質問”- 美濃焼産地で時代を意識しながらも自らのものづくりを全うするカネコ小兵作山窯深山の三つの窯元。その内なる想いを露わにするため、それぞれの代表に七つの質問を致しました。二つの質問には必ずお答え頂き、残りの五つは自由回答としてお話を伺いました。他社のスタッフがインタビュアーとなり、どの質問にどうお答え頂けるか?それぞれの窯元を想いをご覧ください。


-窯元情報-
・株式会社深山 http://www.miyama-web.co.jp/
・創業は1977年(昭和52年)、2022年に創業45年を迎えた。
・松崎社長は二代目として2009年(平成21年)に就任し14年目となる。
・企業理念は「うつくしいうつわ」。
・輸出用洋食器生産を目指し、創業来、鋳込み成形に特化した磁器メーカーとして製造。当初のOEM受託生産から2000年前後に開発室を作り自社オリジナルデザイン製品の開発を行う。2005年には物流機能として㈱ミヤマプランニングを設立。使い手とのつながりを求め続ける窯元。

(問二)『松崎社長が仕事をしてきて記憶に残る出来事は何ですか?』(語り手:深山 松崎社長、聞き手:カネコ小兵 伊藤祐輝)

 少し興味本位になってしまうんですが、僕は社長交代が大きな出来事になるのかなと思うのですが、松崎社長は先代から交代された時はいかがでしたか?-

 弊社には製造を担う㈱深山とは別に、物流や販売を担う㈱ミヤマプランニングという関連会社があるんですが、2005年にこの関連会社の社長になった時のほうが記憶に残っていますね。

 この会社は元々は「松崎商事」という名前だったんです。産地外にいる深山の顧客に製品を送るだけの役割で、ほとんど稼働してなかったんです。この会社をどうしようと考えた時、はじめは今なら迷惑をかけないし松崎商事は「たたんで」、深山にだけ集中すれば良いかくらいの気持ちもありました。ただ、元々、このまま産地の問屋さんだけに頼っていて良いのか?と言う想いもあって継続する事にしたんです。

●窯元が販売部門を立ち上げる。その転機を語る松崎社長

そう思われたのは何かきっかけとかありますか?-

 その当時の産地の状況はとても厳しくて、かつて販売力のあった問屋さんの廃業も続いていました。毎年毎年数字が下がっている。でも消費地からは距離があり産地の中で生産しかできないメーカーでは市場の先を読むことが難しいし、実感も得られない。だから、消費地で売る事を学びたいと思っていた時期というのはありますね。

 ただ、消費地に出て行ったからこそ感じられることではありますが、もし今、当時に戻れて松崎商事をどうしようっていったら…他の選択もあったかもしれない(笑)。ミヤマプランニングが稼働をはじめると、それまで見えていなかった「販売」や「梱包」「物流」などの製造以外の様々な現実(コスト)の悩みが出てきて。なかなか思うようにはいかないですね(笑)。

●ミヤマプランニング物流倉庫(瑞浪市上平町)外観。2005年の当初は工場2階の片隅ではじまり2012年頃に現在の場所に移動。

学びたいという想いが始まりだったんですね。-

 脱線しましたが、まず最初に行ったのは「松崎商事」という名前を変えたことです。何をやっている会社なのか分りづらかったので…、で「深山」は製造に特化しているから、新しい会社は販売と企画デザインの会社を行おうと考えてミヤマプランニングと名付けてスタートし、同年から東京で開催される展示会「インテリアライフスタイル」に出展をはじめて発信を開始して、2014年からはドイツのフランクフルトで開催される国際見本市「ambiente」にも単独で出展を行うなど国内外で活動し現在に至っています。

●2005年にはじめて東京での展示会「インテリアライフスタイル展」に出展。応対をする松崎社長

当時の停滞気味な業界と今に違いはありますか?-

 2005年当時と現在を数字だけで比べれば、常に下がっているという事になると思います。当時の方が製造量も多いし、業界全体の市場も大きかっただろうし。そして今でも決して上り調子だって思ったことは一回もないですが、かつてに比べると良くも悪くも実感を得られてる気がします。

 だからこそですが、危機感は現在のほうが強くあります。正直に言えば、リーマンショックの時なんてあんまり感覚が無かった (笑)。何も見えてなかったから。

●2014年初出展のambiente(ドイツ/フランクフルト)で製品を紹介する松崎社長

その中でもよかったなって思うところはありますか?-

 コロナ前になりますが、現在もお取引が継続しているアメリカの顧客から「ミーティングのためにアメリカに来て欲しい」という依頼を受け出張したんです。最寄り空港に着くと、大きな車で迎えに来てくれて片道2時間くらいのところを送迎してくれたんです (笑)あれは驚いたね。

 ミーティングも当然英語だから必死だったけど、2時間くらい深山で生産した製品の販売動向が綿密に書いてある資料をもとに、熱心に色んな質問を受けて、販売担当の方たちと「コングラッチュレーション」って握手をして、…あれはすごかった。我々の作っている製品の魅力を感じてくれてるんだなって実感しましたね。次の記事につづく2023年5月12日掲載)*毎週金曜掲載


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■(問一)それぞれにとって欠かせないものは何ですか?への回答

「カネコ小兵にとって欠かせないものは何ですか?」

「作山窯にとって欠かせないものは何ですか?」

「深山にとって欠かすことができないものは何ですか?」

■(問二)へのそれぞれの窯元 の答えはコチラ

「伊藤社長(カネコ小兵)の記憶に残る出来事は何ですか?」

「高井社長(作山窯)の記憶に残る出来事は何ですか?」

「松崎社長(深山)の記憶に残る出来事は何ですか?」

■(その他の質問/最終話)へのそれぞれの窯元 の答えはコチラ

「カネコ小兵/前編-”産地の特性”と”窯元の個性”大切なのはどちら?-ほか」

「カネコ小兵/後編(最終話)-一緒に働きたいのはどんな人?-ほか」

「作山窯/前編-これからのやきものの生き残る可能性は?-ほか」

「作山窯/後編(最終話)-一緒に働いてみたいのはどんな人?-ほか」

「深山/前編-気になる自社製品は?その理由は?-他」

「深山/後編(最終話)-”産地の特性”と”窯元の個性”大切なのはどちら?-他」

 

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■過去の座談会記事一覧

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參窯その2:作山窯(岐阜県土岐市駄知町)http://www.sakuzan.co.jp/

參窯その3:深山(岐阜県瑞浪市稲津町)http://www.miyama-web.co.jp/


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